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2024/11/20 記 №39
あとがき
ある日、新聞を開くと、突然に広告記事が目に入りました。
「読めばお金が貯まる!」と話題の小説
3000円が10、000、000円に!
幸せになれるお金の使い方 教えます」
「3千円の使い方」というベストセラー本の広告でした。「フウ―」、私は思わず溜息が出ました。これがこの世界が求めていることです。お金が全てであり、どうすれば少しでも多くのお金が得られるかと、皆が目の色を変えています。お金以上に人々の心を捕らえるものはありません。お金がいちばん大切、少々嘘が混じっていても構わない、お金を手に入れた者が勝ち組、その教育は、永年この世界をリードしてきた「推し」なのでしょう。なぜなら「この体制の神」(コリント第二 4:4) は悪魔サタンであるからです。人類は一人残らずその空気を吸ってきましたし、生まれながらに洗脳されてきました。しかし神の価値観は真逆です。神の価値観でこの世界を歩もうとするなら、この世界の風は強く、それは困難を極め、体力を消耗します。
それでも知っていただきたいと思いました。あなたは今、どのくらいの資産、どのくらいの預金をお持ちですか。もしあまり多くない場合、不安に思っておられるでしょうか。しかし心配することはありません。あなたの預金は天にもあるからです。天の言葉はこのように述べています。
「あなたがたは、自分のために地上に宝を蓄えるのを止めなさい。
そこでは画やさびが食い尽くし、また盗人が押し入って盗みます。
むしろ自分のために天に宝を蓄えなさい。
そこでは、蛾もさびも食わず、盗人が押し入って盗むこともありません。
あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。」(マタイ6:19-21 新世界訳)
ですから、地上の宝は、虫に食われたり、盗まれたり、そして死がその人を取り去る時には、額に汗して集めた宝は、誰か他の人が持ち去って行きます。誰がそうするかは誰にも分かりません。詩編筆者はその気持ちをこのように記しました。
「教えてください、主よ、わたしの行く末を
わたしの生涯はどれほどのものか
いかにわたしがはかないものかを、悟ように。
ご覧ください、与えられたこの生涯は
僅か、手の幅ほどのもの。
御前には、この人生も無に等しいものです。
ああ、人は確かに立っているようでも
すべて空しいもの。
ああ、人はただ影のように移ろうもの。
ああ、人は空しくあくせくし
誰の手に渡ることも知らずに積み上げる。
主よ、それなら
何に望みをかけたらよいのでしょう。
わたしはあなたを待ち望みます。
あなたに背いたすべての罪からわたしを救い
神を知らぬというそしりを
受けないようにしてください。
わたしは黙し、口を開きません。
あなたが計らってくださるでしょう。」(詩編39:5-10 新共同訳)
私たちがどんな人生を歩むとしても、それは神の御前では影のようなものです。それでも人は悟ることができません。何に望みをかけて生きればよいのかが分かりません。
それでこの作品を読んでも、あなたの預金通帳の数字が多くなることはありません。お金が第一の方であれば時間の無駄になります。しかし、地上よりも天に宝を積むこと、物質よりも命のほうが大切と思われるなら、ぜひとも天の言葉に耳を傾けてください。そうするなら、お金を貯めることではなく、真の命を得るための方法が見つかります。それはあなたが、これまで求めても得られなかった、全く新しい世界なのかも知れません。天の言葉は言います。
「それで何を食べ、何を飲むのだろうかと、自分の命のことで、また何を着るのだろうかと自分の体のことで、心配するのを止めなさい。鳥をよく観察しなさい。種をまいたり、刈り取ったり、倉に集めたりはしません。それでも天の父は鳥を養っておられます。あなたたちはそれよりも価値があるのではありませんか。心配したからといって誰が自分の寿命を少しでも延ばせるでしょうか。----
それで、心配して、「何を食べるのか」「何を飲むのか」「何を着るのか」などと言ってはなりません。これら全ては異国の人が必死に求めているものです。天の父は、あなたたちがこうしたもの全てを必要としていることを知っています。ですから、王国と神から見て正しいことをいつも第一にしなさい。そうすれば、こうしたほかのもの全てもあなたたちに与えられます。それで、次の日は次の日で心配することがあります。その日の問題はその日だけで充分です。」(マタイ6:25-34 新世界訳)
この書があなたの新しい航海への曳航船になることを祈りつつ--。
2024/11/20 津山 千恵