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2024/11/16 記 №37 

 

■人類史とは何か-

 振り返れば、人類史とは戦争の歴史である。戦っては破壊して殺し合う。そして再び再建するかと思えばまた破壊して殺す。この繰り返しであった。換言すれば、善と悪との戦いであった。いったいどうしてこんなことになったのだろうか。宇宙にただ一つ、燦然と輝いている星があり、それが地球だった。それは美しいだけでなく、そこには命が満載されていた。そしてその命はなぜか継続していくという超科学的な仕組みになっているのに、そんな奇跡を素直に理解しようとはしなかった。人間は地上の自然界のなかで見たり聞いたりして積み重ねてきた知識だけを至上のものとし、自分たちがいちばん賢いと信じてきた。しかし天の言葉は述べていた。

「ただし見よ、見出したことがある。神は人間を真っすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。」(コヘレトの言葉 7:29  新共同訳)

 そう、人間は結局のところ、自ら複雑な考え方を考案し、その無数の糸によって自らを巻き付けた。身動きができなくなった繭のようである。しかし、神のお考えは極めてシンプルであった。神は、永遠に存続する星、地球に、動物や花や鳥、魚たちと共に、この地で永遠に生きる、幸せな人間を造ろうとされただけであった。それでもし私たち人間が、幸せになることを目的として生きているのなら、神が設計されたとおりにシンプルに生きるべきだったのである。そしてその方法も預言者たちを通して伝えてこられたのだった。しかし人間は、命の源である方をも退け、そんなものは存在しないと言い始めた。人間は、そもそもどこから来たのかも知らない猿のような動物から人間になったのだと主張し始めた。そこから全ての思考の糸が絡み合い、どんどんもつれ始めていった。糸もその最初がどこにあるかが分からないなら、ほどかしようがない。ますます混乱していくようにである。

 では、その混乱の根源、解決の糸口をどこで見失ったのか? それは「エデンの園」であった。人間を設計し、創造してそれを地に置いた方は、人間がバラバラに分裂しないための一つの基本的な掟を与えておられた。先にも触れたがもう一度思い起こしてみるとこのようにである。「また、エホバ神は、人に命令を与えてこう言われた。『園の全ての木からあなたは満ち足りるまで食べてよい。しかし善悪の知識の木については、あなたはそれから食べてはならない。それから食べる日にあなたは必ず死ぬからである。』」(創世記2:15-17 新世界訳) 

 このたった一つの掟、つまり神が宇宙の主権者であり、人間の命の与え主であるから、人間が社会生活を営んでいくための基本的な掟、「善」と「悪」を決めるのは、被造物である人間ではなく、創造主である神にあるということを受け入れるということは、物理的に言っても当然のことであった。だから、その掟を破ることには、命までもかかっていたのである。しかしこの掟を破ったために、永遠の命は失われ、基本的な道徳観も失われ、つまりは、全ての事柄を結び合わせる「善」と「悪」の絶対的な価値観はばらばらになり、共通の考え方を失ったのである。人間は、何が善であり、何が悪であるかを人間自身の知恵で決定するようになった。そこで人は二人いればもうそれだけで意見を異にし、合意するということが難しくなった。ある人が白と言い、ある人はそれを黒と言うようになった。この意見の相違、価値観の違いが人間社会から平和を奪った。その意味では、神の掟を破っても、あなたは死なないと嘘をついて人間を「死」に至らしめ、苦しみの世界に投げ込んだ悪魔サタンは、彼の目的を達成したといえる。しかし公正な神が、悪の知恵に長けた悪魔サタンを放っておかれることはない。そのためにこそ神の御子は現わされたのだ。

 このように考えてくると、地上に於ける人類史のストーリーは至極シンプルである。神がおられ、神が地球を楽園につくられ、そこに楽園を楽しむようにと人間や動物を置かれた。しかし、神の子どもの一人が、自分が神のようになりたいというとんでもない邪悪な野心を抱くようになった。そのために人類はその邪悪な心に弄ばれることになった。平和を失った人類史である。それを画策したのは悪魔サタンであった。そんな悪魔がいつまでも許されているわけがない。そこで神は、地球を楽園に戻すために天使長であった御子イエス・キリストを地上に現わされた。このように記されている。「悪魔の業を打ち壊すために」(ヨハネ第一3:8) と。世界の支配者として長く君臨してきた悪魔サタンは滅ぼされる時が定められていたのである。そしてさらに天の言葉は言う。

「-----それは死をつかさどる者、つまり悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。」(ヘブライ2:14、15 新世界訳) 

 この短い言葉のなかに人類史の全てが包含されていた。つまり、人類史とは、始祖が犯した罪ゆえの「死」から解放されるための、長く辛い一つの過程であったのだ。ここにたどり着くための道程であった。人類はやっと原初の地球に戻ることができるのだ。